草野マサムネ「スピッツが出るとお客さん入らない時代」事務所社長から言われた”心が痛い“一言とは?

投稿日:2021/01/18 12:32 更新日:

スピッツのボーカルである草野マサムネさんがパーソナリティを務めるラジオ番組『SPITZ 草野マサムネのロック大陸漫遊記』(TOKYOFMほか)。1月17日の放送では、ゲストにスピッツのリーダー&ベース田村明浩さんが登場し、さまざまなトークが繰り広げられました。

■草野マサムネ、事務所社長から言われた”心が痛い“一言とは?

番組では、曲紹介の流れから、田村さんが「そういえば芝浦のインクスティックって3年だけだったって知ってた?」とふったことで、ライブハウスの話題へ。

田村さんのいう『インクスティック芝浦ファクトリー』は、1986年から1989年まであったライブハウス。草野さんは「インクスティック、俺らもライブやったことあるよね」と振り返り「お客さん全然入んなかったけど」と回顧します。

なんでも、スピッツは1989年の10月1日にこの会場でライブを行ったそうで、そこには現在の所属事務所の社長が見に来ていたのだとか。

このライブに社長が見に来ていたことをきっかけに、デビューなどが決まっていったそうですが、草野さんは「『こんなガラガラのインスティック初めて見たよ』って言ってたもんね」と当時社長から言われた“心が痛い"一言を笑いながら明かしました。

■草野マサムネ、中学生の頃の将来の夢は…?

番組中盤、将来の夢が決まらないことが悩みである中学生のリスナーから届いた「中学生の頃の夢は何だったか?」という質問メッセージを紹介します。

三輪テツヤさんのゲストの回で、三輪さんと田村さんが中学生時代に結成したバンド"田村バンド"の話をしていましたが、田村さんは「田村バンドで世界制覇とか冗談で言ってた気がするね」と回答しました。

そして「別に漠然としてていいんじゃないの?ふざけてるような感じで」とアドバイスを送ります。すると、草野さんも「無かったよ、俺、夢」と言って、このリスナーと同じであったと言い「なんか来週くらいのことしか考えてなかったような気がする」と思い返しました。

■草野マサムネ「スピッツが出るとお客さん入らない時代」を回顧

番組後半にも、『MZA(エムザ)有明』という昔あったライブハウスの話題へ。

スピッツは、この会場で行われたイベントに参加したことがあるそうで、草野さんは「あの時もお客さんあんま入ってなかったね、やっぱね」と振り返ると、続けて「スピッツが出るとお客さん入んない時代ですよ、あの頃はね」とコメント。

今では考えられないスピッツが注目されてない頃について触れられました。

今回の放送にネット上では「もはやラジオ番組だということを忘れて同級生二人で話し込んどるな」「学生の時もこんな風に喋ってたのかな。本当に楽しそう」「たむのゲストのときのマサムネさん一番ゆるい気がする。ラジオってこと忘れてふつーに喋ってる感(笑)」などの反応が。2人のリラックスした雰囲気にほっこりした方が多かったようです。

さらに「今日は自虐ネタ多いね。でも今はチケット手に入れるの、めちゃめちゃ難しいんだよ~」「今はスピッツが出るとチケット取れません」といった嬉しいような悲鳴をあげている方も。

3週にわたり放送されたスピッツメンバーがゲストの回。いつもの放送では聞くことができない話もあり、ファンにはたまらなかったのではないでしょうか。

【番組情報】
SPITZ 草野マサムネのロック大陸漫遊記
https://radiko.jp/#!/ts/FMT/20210117210000
(文:ジョブリナ)

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