「震災芸人と呼ばれてもいい」サンドウィッチマン結成20年 東北への思い語る「シンソウ坂上」が話題

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お笑いコンビのサンドウィッチマンが、1日に放送されたフジテレビ系番組『直撃!シンソウ坂上』に出演し、東日本大震災を経験しての知られざる苦悩を明かしました。今回の放送は、各種好きな芸人ランキングで上位にランクインするサンドウィッチマンを特集した企画。結成20年を迎えた2人を語る上で、頭をよぎるのは2011年3月11日に起こった東日本大震災です。東日本大震災復興魂義援基金創立者であり、お笑い第五世代の代表格として活躍する2人に番組はスポットを当てました。

安波山に避難、津波が襲った恐怖と無力さを経験

震災当時、東北でのレギュラー番組の撮影で宮城・気仙沼市でロケを行っていたというサンドウィッチマンは、なんと撮影の合間に被災に合ったそうです。地震発生時に海沿いにいたサンドウィッチマンは、近くの安波山に避難。そこから津波が街をのみ込んでいく光景を目の当たりにした2人を、恐怖と無力感が襲ったと語りました。今でも震災の映像を見ると心臓がバクバクするという伊達みきおさん。この経験が、サンドウィッチマンの運命を変え、2人は芸人人生を懸けた3つの決断を下しました。

芸人人生を賭けた3つの決断

1つ目の決断は、被災からわずか5日後に行った義援金「東北魂」の立ち上げです。その際に行った会見で、「(被災地に)笑いを届けたいですが、それはまだ違うと思う」「(震災当時)気仙沼にいたのも、こうやって生きて帰ってしゃべっているのも偶然ではない」と当時のインタビューで語っていました。義援金の設立にあたっては、“お笑い廃業”までも覚悟をしたそうです。2つ目の決断は、業界でもバラエティー番組の放送などが自粛する中、放送前日にオファーされたラジオ番組『オールナイトニッポン』の特別番組への出演。急遽、宮城県内でも放送されることとなったこの番組の冒頭で、何を語るべきなのか、2人は放送直前まで自問自答。避難所で番組を聴いている人たちにとって果たして「笑い」は必要なのか、伊達さんは当時について「今までの仕事で、一番難しかったかもしれないです」と思い悩んだ当時を振り返りました。

震災後、初のお笑いライブはトラックの荷台の上


そして、3つ目の決断は被災地でのお笑いライブの開催でした。サンドウィッチマンは、震災後も積極的に被災地を訪れ、その際に被災者の人たちから漫才やコントを希望されることもありました。しかし、お笑いライブを開催するにあたり、なかなか踏み切れずにいた胸中を語りました。実際に震災から1年4か月もの月日を要し、2012年7月に岩手・大船渡市でお笑いライブを開催。ライブ光景をマネージャーがスマホで撮影し、その映像を本邦初公開しました。さらに、2012年から2人が毎年開催している、東京からバスで2人と一緒に東北の被災地に行く「東北応援バスツアー」の取り組みなども紹介されました。


東北の人々はサンドウィッチマンの活動に「なかなか続けられることではない」「感謝している」「勇気をもらった」という声が寄せられました。そして2人は「震災を風化したくない」「僕らを見て震災を思い出して欲しい」「震災芸人と呼ばれてもいい」と悲痛な胸のうちを語りました。今後も積極的に東北を応援するというサンドウィッチマンをネット上でも2人を称える声が多くあがっていました。

ちなみにサンドウィッチマンライブツアーで仙台にて公演を行う際には、予定の時間をかなりオーバーしてしまうようで、「仙台の千秋楽公演は例年4〜5時間と長い公演になっており、今年も同様の可能性がございます」と事務所がアナウンスをするほど。東北への思い入れの強さがうかがえます。

テレビ出演だけでなくライブ活動もおこなっているのは、ファンとしてもありがたいところ。今後も2人の活動に目が離せません。そして、一刻も早い東北の復興を祈るばかりです。(文:武 眞都子)

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