TBS系日曜劇場「VIVANT(ヴィヴァン)」。
これまで物語を見てきた視聴者にとって、「ヴィヴァン=別班」という認識は、もはや当たり前のものになっています。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
編集部が実施した『VIVANT』考察アンケートには、物語のタイトルそのものに関わる大胆な考察が寄せられました。
「そもそも“ヴィヴァン”とは、本当に別班のことなのか?」
もし最初の解釈そのものが間違っていたとしたら――。
「VIVANT」という名を持つ、これまで姿を現していない組織、あるいは人物が存在する可能性まで浮かび上がってきます。

(画像:時事)
※以下、『VIVANT』のネタバレを含みます。
■「お前がヴィヴァンか?」すべてはこの一言から始まった
物語の原点まで戻ってみましょう。
第1シーズン第1話で、ザイールが乃木憂助(堺雅人さん)に向けて発した、
「お前がヴィヴァンか?」
という言葉。
これこそ、『VIVANT』最大の謎の始まりでした。
その後、柚木薫(二階堂ふみさん)が「ヴィヴァン」という音からフランス語の「VIVANT」を連想し、「生き生きとした」という意味があることを説明します。
さらに第2話では、野崎守(阿部寛さん)が「別館(BEKKAN)」の発音をヒントに、「ヴィヴァン」は「BEPPAN」、つまり「別班」を指しているのではないかと推理します。
そこから物語は「VIVANT=別班」という前提で進んでいきました。
しかし、ここで重要なのは、この結論が誰かから正式に教えられたものではないということです。
始まりはあくまで、野崎の“推理”でした。
■もし野崎の推理そのものが間違っていたら?
野崎の推理は結果的に乃木の正体へとつながりました。
実際、乃木は別班員でした。
そのため視聴者にとっても、
「やっぱりヴィヴァンは別班だった」
と納得できる構造になっています。
しかし、乃木が別班だったことと、ザイールが口にした「ヴィヴァン」が別班を意味していたことは、本当にイコールなのでしょうか。
たまたま野崎の推理の先に「別班」があり、さらに乃木自身も本当に別班だった。
その二つが一致したことで、誰もそれ以上「ヴィヴァンとは何か」を疑わなくなったとも考えられます。
もしこれこそが、視聴者を含めた壮大なミスリードだったとしたら――。
物語の見え方は大きく変わります。
■「ヴィヴァン」という別の組織が存在する?
今回寄せられた考察では、「別班」とはまったく別に、“ヴィヴァン”と呼ばれる組織が存在する可能性を指摘しています。
ザイールが恐れていたのも別班ではなく、その「ヴィヴァン」。
そして、乃木を見たザイールは何らかの理由から、
「この男がヴィヴァンなのか」
と判断したのではないかというのです。
もしそんな組織が存在するのであれば、別班、公安、テント、シンシーという現在までに登場した勢力のさらに上、あるいはその裏側に位置する存在なのかもしれません。
そしてそれこそが、最終的に乃木たちが対峙する“最大の敵”という可能性も考えられます。
■最新予告でシンシー幹部が「ヴィーヴァン」
ここで改めて気になるのが、最新の予告映像です。
シンシー幹部の女性が、憎しみをにじませるように、
「ヴィーヴァン」
と口にする場面があります。
なぜ「別班」と言わないのでしょうか。
彼女はこれまで日本語で会話する場面もあり、日本語を理解できる人物として描かれています。
もし彼女が乃木たち別班のことを指しているだけなら、「別班」と口にすることもできるはずです。
それでも、あえて「ヴィーヴァン」と呼んだ。
ここに別の意味があるとしたらどうでしょうか。
彼女が憎んでいるのは「別班」ではなく、本当に“ヴィヴァン”と呼ばれる何者かなのかもしれません。
■乃木もノコルに「ヴィヴァンだ」と名乗っていた
さらに第1シーズンを振り返ると、見逃せない場面があります。
乃木がノコル(二宮和也さん)と初めて対峙した場面です。
ノコルから何者なのかを問われた乃木は、
「ヴィヴァンだ」
と答えています。
当時は当然、
「自分は別班だ」
という意味だと受け取るのが自然でした。
実際、乃木は別班員です。
しかし、もしノコル自身が「ヴィヴァン」という別の存在を以前から知っていたとしたらどうでしょうか。
乃木の「ヴィヴァンだ」という言葉を、
「ついに“ヴィヴァン”が現れた」
という意味で受け取っていた可能性まで考えられます。
そうなると、ノコルがこの言葉を聞いた際の反応にも、改めて注目したくなります。
■そもそも「お前がヴィヴァンか?」は組織名なのか?
もうひとつ気になるのが、ザイールの言葉です。
「お前がヴィヴァンか?」
という聞き方でした。
もちろん、「お前が別班の人間なのか」という意味でも成立します。
しかし文字通り受け取れば、
「お前自身がヴィヴァンなのか」
と、一人の人物を指しているようにも聞こえます。
つまり「ヴィヴァン」は組織名ですらなく、特定の人物を指す呼び名である可能性も残されています。
シンシーが憎み、ノコルも認識している可能性があり、ザイールが恐れていた“ヴィヴァン”。
もしそれが一人の人物だとしたら、一体誰なのでしょうか。
■フランス語の「VIVANT」が意味するもの
ここで、タイトルそのものにも戻ってみましょう。
フランス語の「vivant」には、「生きている」「生命のある」といった意味があります。
また、「生者」、つまり“生きている人”を表す場合もあります。
そのため「VIVANT」は本来、「別班」という意味のフランス語ではありません。
「VIVANT=別班」という関係は、あくまで劇中で発音を手がかりに導き出されたものです。
そして『VIVANT』ではこれまで、
死んだと思われていた人物が生きていた。
終わったと思われていた因縁が再び動き出した。
という展開が繰り返されています。
そう考えると、「生きている」という本来の意味が、物語の核心とまったく関係ないとも言い切れません。
■「ヴィヴァン」をフランス語で考える必要はなかった?
そもそも、第1話で薫が「ヴィヴァン」という音を聞き、それをフランス語として解釈したことから話は始まりました。
しかし、「ヴィヴァン」という音を、必ずしもフランス語として考える必要はなかったのではないでしょうか。
劇中には、中国語、モンゴル語など、さまざまな言語を使う人物が登場します。
そこで「ヴィヴァン」に近い音を、別の言語から探してみると、興味深い言葉が見つかります。
■中国語「未完」=まだ終わっていない
まず中国語には、
「未完(wèi wán/ウェイワン)」
という言葉があります。
意味は、
「まだ完成していない」
「未完成」
です。
「ヴィヴァン」と完全に同じ発音ではありません。
しかし「ウェイワン」という音は近く、何より「まだ終わっていない」という意味が、『VIVANT』の物語と妙に重なります。
死んだと思われていた人物が生きている。
終わったと思われていた過去が再び現在へつながってくる。
解決したはずの謎が、さらに大きな謎へと変わっていく。
まさに“未完”。
もし「ヴィヴァン」という音に複数の意味が重ねられているとしたら、「まだ終わっていない」という言葉も気になるところです。
■ロシア語「виват」=「生き長らえよ」
さらにロシア語には、
「виват(vivát/ヴィヴァート)」
という実在する言葉があります。
「万歳!」という意味で使われる言葉ですが、その由来には「生きよ」「生き長らえよ」というニュアンスがあります。
ここでも、“生”というテーマが出てきます。
フランス語の「VIVANT」は「生きている」。
ロシア語の「виват」は「生きよ」「生き長らえよ」。
音が似ているだけでなく、どちらにも「生きる」という意味が重なっているのは興味深いところです。
■モンゴル語「Би байна」=「私はいる」
そして、バルカで使われるモンゴル語にも気になる表現があります。
「Би байна(bi baina)」
です。
「Би(bi)」は「私」。
「байна(baina)」は、「いる」「ある」「~である」といった存在を表す方向の表現です。
そのため「Би байна」は、文脈にもよりますが、
「私はいる」
「私は~である」
といった意味になります。
これも「ヴィヴァン」と同音ではありません。
それでも、
「私はいる」
という意味は、『VIVANT』で繰り返されている“死んだと思われた人物の生存”を連想させます。
「死んだと思っていた。しかし、私はここにいる」
そんな物語そのものにも聞こえてきます。
■「未完」「生きよ」「私はいる」…意味が妙に重なる?
ここまで並べると、偶然とはいえ興味深い共通点が見えてきます。
中国語の「未完」=まだ終わっていない。
ロシア語の「виват」=万歳、生きよ。
モンゴル語の「Би байна」=私はいる。
そしてフランス語の「VIVANT」=生きている。
いずれも完全な同音ではなく、制作側がこれらを意図的にタイトルへ仕込んだことを示す根拠もありません。
それでも、似た音をたどった先に、
「まだ終わっていない」
「生きる」
「存在している」
という意味が集まってくるのは不思議です。
『VIVANT』という物語自体も、まさに「終わったはずなのに終わっていない」「死んだはずなのに生きている」という展開を何度も繰り返しています。
だとすれば、「VIVANT」というタイトルには、「別班」だけでは説明できないもうひとつの意味が重ねられている可能性も考えたくなります。
■“生きている者”そのものを指している?
もし「VIVANT」というタイトルが、本当に「生きている」という意味まで含んでいるとすればどうでしょうか。
殺されたはずなのに生きている。
死んだと思われていたのに再び現れる。
過去を捨て、別の名前や立場で生き続けている。
そんな“生存者”たちそのものが「VIVANT」なのかもしれません。
そうなると、「ヴィヴァン」は単なる組織名ではなく、ある共通点を持つ人々を示す呼称という可能性まで考えられます。
■別班、テント、シンシー…そのさらに奥にいる存在?
第1シーズンではテントという巨大な存在が現れました。
第2シーズンではシンシーが新たな脅威として浮上。
その一方で、公安や別班も決して一枚岩ではないことが描かれてきました。
そして物語の最初から残り続けている言葉が、
「VIVANT」
です。
もしこの言葉が単に「別班」の別称でしかないのであれば、タイトル最大の謎はかなり早い段階で解かれていたことになります。
しかし、本当にそれだけなのでしょうか。
第1話でザイールが恐れていた「ヴィヴァン」。
乃木がノコルに名乗った「ヴィヴァン」。
そして最新予告で、シンシー幹部が憎しみを込めるように口にする「ヴィーヴァン」。
同じ言葉が、物語の重要な局面で何度も繰り返されています。
■最大のどんでん返しは「VIVANT=別班」が覆ること?
もちろん、乃木が別班員であること自体は明らかになっています。
しかし、
「乃木が別班員である」
ことと、
「VIVANTという言葉が別班だけを意味する」
ことは別の問題です。
もしかすると最大のどんでん返しは、
「VIVANTとは別班のことだった」
という、これまでずっと信じてきた前提そのものが覆ることなのかもしれません。
“ヴィヴァン”という別の組織が存在するのか。
特定の人物を指しているのか。
それとも「生きている者」という言葉通り、死をくぐり抜けた者たちに与えられた呼び名なのか。
さらに、「まだ終わっていない」「生きよ」「私はいる」という、別の言語から見えてくる意味にも何かヒントがあるのでしょうか。
ザイール、ノコル、そしてシンシー。
彼らが認識しているようにも見える「ヴィヴァン」の正体が明らかになったとき、ドラマのタイトルそのものが、ようやく本当の意味を持つことになるのかもしれません。
編集部では、ドラマの今後の展開や伏線について、みなさんの考察を募集しています。
小さな違和感や気づき、思いついた説でも大歓迎です。
あなたが気になったシーンやセリフと、その理由をぜひ教えてください。
考察アンケートはこちら
※情報は掲載時点のものです
<調査・文・編集:COCONUTS編集部>
